梅田はかつて埋田だった

大阪市北区のJR大阪駅や梅田駅周辺の地域に梅田という地名があります。

梅田駅のあたりは通称「キタ」と飛ばれ、百貨店やホテル、高層ビル、飲食店やショッピングスポットが集積している大繁華街となっています。

梅田の南にある難波を中心とした一帯が「ミナミ」と呼ばれ、梅田のほうは「キタ」です。

梅田の福島区はもともと海で、淀川の河口に位置する湿地帯だったのを、埋め立てて田畑にしようとする事業の開始で泥土を埋め立て拓いたことから、この地域は「埋め田」→「埋田」と呼ばれるようになりました。

埋田がのちに変化して梅田になったそうです。

現在のような技術も発達していない時代であったため、泥のような柔らかい粘土質の埋立地となってしまいました。

現在では前述のように高層ビルや高層マンションも建設されていますが、軟弱地盤であることに変わりはありません。

梅田一帯の地層の悪さによる、大阪駅付近の地盤沈下も問題となりました。

901年(延喜元)年、菅原道真が大宰府へ左遷される途中、現在の梅田にある綱敷天神社に咲いていた美しい紅梅に目を奪われ、船を降りて眺めたそうです。

そして、梅の美しい地ということから「梅田」の地名をつけたという説もあります。